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ギリギリ人生

現在午前5時くらい
なんか知らんけど、今日は徹夜してます。ちなみに今日また福岡に帰ります。
実はさっきは岡町→箕面をランニングしてきました。ジョギングじゃない。ランニングだ。Do you understand?
物凄く息切れするまで走って、鼻腔を冷たい空気で満たす…最ッ高にハイって奴だ。

別に怪しい薬やってるわけじゃないよ。

こう言う性格なんだ。たまに自分を極限に追い込みたくなる。
全然極限でもなんでもないけどな。
どうだろ、飯も食わず、仕事→勉強→ランニング→ブログ書き→明日に突入。というのは普通の人にとっては辛いのかな。
そりゃ俺だって、月に500~600時間、しかも外的圧力により強制的に働かされればしんどい…というか、気が狂いそうになる。

だが、今は自由人だ。
自由人の心で、こう、自分を苛めてみるというのは、逆に清清しい。

こんなことしても、風邪一つ引かない。

とある整骨院の先生が、

「それはね、自律神経が亢進してるからですよ」

と解説してくれた。

ハッキリ言って意味が分からないけど、医学的にも説明できるようなので、決して俺が⑨バカだから風邪をひかないとか、熱い男だから冷気に強いとかそういうんじゃないようだ。現に深夜の踏切は寒くて泣きそうだった。

実は、一緒に走る人間がいて、そいつのおかげで続いているようなものだ。感謝している。だが、福岡に帰って、そういう奇特な奴がいるのかどうか…それが心配だ。

でも僕の方が圧倒的にスタミナあるので、足首にオモリ1Kgずつつけて走る。

内緒である。

「いろいろ手を出す奴は大成しない」と言われる。

確かにそうかもしれない。

だけど僕はこういう生き方に対しての指図は受けない。俺は自由人だからだ。
大きなお世話である。

ゲームプログラマーやりながらボクシングもして、試合に出るほどだったけど、周囲より仕事ができなかったかというとそうじゃない。

寧ろボクシングやってたから、仕事にメリハリがつけれてたんじゃないかと、俺はそう思う。

ただ、無茶をするという、この変な習慣は、ゲームプログラミングで徹夜したりした経験が大きく関わっているとは思う。

苦行ってのは、長い目で見ると自分を成長させるいい機会なのかもしれない。ということは、アレは俺にとって必然だったのかもしれん。

大阪に出たのも、プロテスト受けたのも、アマチュア公式戦で負けてしまったのも、必然かも知れん。
負けて成長するのかもしれん。残念ながらもう、アマチュア公式戦には出れないし、プロテストを受けることすらできないが…

それを言うと、前の上司は「ボクシングやめてしまえ」見たいな事をすぐに言っていた。

だから僕は彼が嫌いだった。そこに干渉されることは非常に気分が悪かったから。

僕は彼とは仕事したくないなと思っていたが、師匠と仕事したい一心で前の会社でも頑張っていた。

まぁ、今回辞めた理由は、それらとはマッタク関係ない部分なんですけどね。まったく別の、もっと根本的な部分ですわ。

まぁ、簡単に言うと僕のビジョンと、会社のビジョンがまったくあわなくなったと、そういうことです。

結局、かつての上司も後輩も辞めて独立するようで、誘われたりもしたのですが、前述の通り、ちょっと譲れないものがあったので、断り続けました。

こう、誘われるのはいい気分ですよ。いい気分なので、僕自身、何で断るのか、その理由自体がわからなくなってました。でも、なんか嫌な感覚というか、俺はココでOK出してはいけないと、頭のどこかが警告音(☢caution caution☢)を鳴らしていました。

言葉にならない警告だったため、はっきりと断りづらく、長引いてしまいました。(何度断っても誘ってくるし、断ると理由を求めるのだもの…わかんねーって)

言葉にならない感覚って結構大事で、言葉にならないからといって、これを無視するとエライ目に遭います。

そう、今、冷静になって思い出すと、理由もハッキリしているのだ。要はその人が嫌いだったのだ。それを「上司を嫌ってはいけない」と、なんだか無意識で押し殺して、無意識なものだから、自分でもわからなくなってて、うん、まぁ、そういうこと。今みたいに上司でもなんでもなくなって初めて気づいた。

彼らが成功するかどうかはわかりません。ただ、僕は彼らについていっても、うまくいかなかったでしょう。他の人に対してどう接するか知りませんが、少なくとも僕にとってはクラッシャー上司ではありました。

これは、社会で働く以上、好き嫌いは押し殺さなければなりませんが、まぁ、そういうモノはなるべく排除できるならしたほうがいいということで、彼らと袂を分けたことは、マチガイじゃなかったと思う。

大体、裁量労働制だったのに、何の裁量も与えられなかったもんな…。

次の仕事を決める前にやめるという、リスクの高い行動を起こしたことは、僕にとってひとつの明確な意思表示だったのかもしれない。

よくわからんが、衝動的に辞めたのだ…実際…何か溜まっていたのかもしれない。

よそに行ってそれが解消されるのかどうかも分からないが…いや、違うな。

会社で働くってのはどういうことか、もう一度考えてみようじゃないか。

どういうことか、

俺と会社が協力して価値を生み出すということなわけだ。

俺は会社というところで学習しながら労働し、消費者のための価値を生み出す。その報酬としてお金を受け取ります。
会社は俺に投資をすることにより、更なる価値を生み出させ、社会に貢献し、その報酬として会社が回るための資本を得る

とまぁ、そんな感じなんじゃないだろうか?

つまり、会社に隷属してれば、安穏として暮らせるとか、そういう考えの人間はもう、排除されるんやないやろか?

ネクタイは首輪じゃねぇんだ!

これからの「犬」は牙を磨いてなきゃ、すぐ捨てられるんじゃないか?
野良犬としても立派に生きていける犬を、飼い主は欲しているんじゃないだろうか?

人は野良犬根性jを捨てたときから、無価値に向かって転がるんじゃないだろうか?

まぁ、俺は野良犬じゃなくて、野良猫なんだけどな。

毒の餌だけは喰わないようにしないとな。

うーん。取り留めのない文章だ。久しぶりにワケワカラン吠え方したな。
つぶやきだし、いいじゃないか。

ああ、別に飼い主に忠実になることがダメと言っているわけじゃないぜ。忠実でありながらも、いつでも野良犬になれる、熊だって倒せる、そう、流れ星銀牙のように…なりたいな、いや、なるんだ俺!


追記:
そういえば、そのベンチャーのお誘いのときに、某片田舎で、彼らの車の中で2対1で最終決定を迫られました。
僕が嫌だというと非常に、人格を責められました。
これって、キャッチセールス手法だよね…。

…だから最初から何度も断ってるやないかと。

例えば、俺が女子だとして、まぁ、世話になってる上司だからお誘いに付き合うとしよう。でも、なんども「付き合うのはダメです」って言ってるようなものです。

で、そこで何度も「なんで?どういう理由で?」って聞くのって、どう思います?

言えるわけないじゃないですか、上司ですよ。やんわりとお茶を濁しながら断るしかないじゃないですか。

で、最後に車の中で迫られて「え?どうしてやらしてくれへんのん?俺のこと嫌いなん?」みたいに言われて、どうします?もう理由とかいわずに逃げますよね。

「今まで気のあるそぶりを見せてたのは、遊びやったんか?」てなことも言われましたが、いつもいつも別れ際に、次の約束をかなり強引に決めてたのはそっちじゃん。

とは思う。

まぁ、自分も気をつけなきゃいかんと思うのは、そういう強引なやり方が苦手なので、最初からハッキリと断る、断固とした強い意思表示ができるようにならなきゃイカンなと思う。上司だろうとなんだろうと気を遣わず嫌なものは嫌という…嫌われることを恐れるな!どうせ全員に好かれるなんて無理なんだよ!だから、自分の信念に沿って生きよう、意思決定しよう!どんな意思決定でも、それに賛同する奴らは絶対いる。信念に沿わない奴らとの付き合いは切っていい、絶交でいい!

そんな風に生きたい。いや、生きるのだ。

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